おんころ Café

がんセンターで哲学対話をするージャネット・ノックスの経験

哲学はどのようにがん患者に役に立つのか。哲学対話(おんころカフェはその一種である)をどのように進行すればいいのか。参加者へのより効果的なアプローチとは何か。おんころカフェを開催するとき、私たちはこういった問いの答えを探しながら実践している。

そして、世界には、私たちと同じような活動をしている人々がいる。

デンマークを中心に、がん患者や家族、そしてがんサバイバーと関わり、また研究しているジャネット・ノックス(Jeannette Bresson Ladegaard Knox)の実践が興味深い。哲学は「心の救い」や生きてゆく上での教訓となると彼女は考え、がんサバイバーと一緒にソクラティック・ダイアローグ(哲学対話)を始めた。ノックスはコペンハーゲン大学の准教授であり、臨床医学、特に臨床倫理について研究し、「自我」、「死」、「生きる技術」、「ダイアローグ」などのテーマに関心を持っている。

  今回はノックスの論文「〈ねえ、あなたのそのやっかいで大切ないのちを、どうしようと思ってる?〉――劇的な状況のソクラティク・ダイアローグ」(M.N.ヴァイス編『ソクラテス・ハンドブック』所収)“Tell Me, What is it You Plan to Do with your Own Wild and Precious Life?” : Socratic Dialogue in a Dramatic Setting (“The Socratic Handbook”, ed. Michael Noah Weiss, 2015年) を紹介する。ノックスは、2008年〜2010年、そして2012年〜2015年、コペンハーゲンの「がんと健康センター」(Center for Cancer and Health)でがんリハビリテーションとして哲学対話のプロジェクトを主導したが、この論文ではそのプロジェクトにおける対話の進め方やダイアローグの基礎について報告している。

「おんころカフェ」の私たちと同様に、患者に自分の位置や目標を再確認させるre-orientating大きな役割が哲学にはあると、ノックスは述べている。つまり、治ったとしても、それから先、病の不安を抱えて生きて行かなければならないという点で、がんの経験は人生に深い変化をもたらし、自己の人生に対する新たなアプローチが必要となる。その中で、哲学的な問いは、過去や未来における人生の意味や価値を考え直す道具となるのである。この考えによると、対話の参加者は、主にがん患者である。彼らは病気によって、これまでの健康だった自分の存在が否定されるばかりでなく、これから先の健康と場合によっては命をも脅かされる。とはいえ、対話は個人の病気そのもの、あるいは病気に関わる日常的なフラストレーションについて語り合うようには設定されてはいない。対話は病気と直接に関係のないテーマを選び、参加者にとって興味深い問いや哲学的な問題を論じる。病気は当然背景とはなるが、メインテーマとしては登場しない。ソクラティック・ダイアローグの目的はポジティブ、あるいは前向きになる対話であるとノックスは主張する。病気そのものに対話の焦点を当てた場合、前向きではなく暗い方向の対話になる可能性が大きい。

ポジティブな気持ちに導く対話に、ロケーションの選択は重要で、病院の外で対話を行うことにより、病気と距離を置くことができ、哲学的な話に集中しやすくなる。

また、ノックスは、対話の成功のために他の二つのファクターを考慮する必要があると言う。第一に参加者の立場である。参加者は「患者」として参加するのではない。がんの経験は参加するきっかけに過ぎないのだ。第二は「時間」である。参加者は、対話の意味、対話のやり方に慣れるまでにある程度時間がかかるだろう。どのように問いへアプローチすればいいのか、どのように哲学的に考えればいいのか。セッションを続ければ続けるほどリズムがつかめるようになり、意味や目的が次第に明らかになってくる。また、参加者同士の信頼も強くなる。

対話と対話の間の時間も大事な要素である。間隔が長すぎると、リズムが壊れ、皆で造った環境を作り直すために時間がかかることになる。

ソクラティック・ダイアローグを通じて、一人で問いを考えて自分と対話をする(実存的孤独)だけではなく、皆で考えて、哲学することも目的の一つである。ソクラティック・ダイアローグでは参加者自身でテーマを決める。ノックスの場合は進行役が参加者の言葉を聞いて、それを哲学的な問いの形にする。テーマを決めたら参加者は個人的な意見を言うのみならず、他の参加者にも働きかけて、お互い質問しあう。それによって、各自のストーリーが適度にほぐされ、共有されて、ノックスのいう「ケアのコミュニティ」が成立するのである。

Flavia BALDARI

下記のはPhilo-practice agoraからのノックスのインタービューです。
ぜひ、ご覧下さい!(音声は英語)