「哲学/てつがく」対話について

「哲学」ときくと、どのようなイメージがうかぶでしょうか? アリストテレス、デカルト、カント、といった哲学者の名前でしょうか? もしかしたら、「なんだか難しそう…」といった気持ちがわきあがってくるかもしれません。でも、わたしたちが「おんころカフェ」でおこなう「てつがく」は、専門的な知識は必要ありませんし、まったく難しいものでもありません。

「てつがく」は、わたしたちが普段当たり前だと思っていることや、日常のもやもやについて「本当にそうなんだろうか?」「それって、そもそもどういうことだろうか?」と問い直してみることからはじまります。たとえば「愛とは、そもそもなんだろうか?」と改めて問われてみると、とたんに答えるのが難しくなってしまいます。わたしたちは、「愛」の意味やイメージをなんとなく共有してはいますが、「愛とは、〇〇である」とはっきりした言葉で答えるのはとても難しくはありませんか?「てつがく」は、このような問い直しを、人との「対話」という営みのなかでおこないます。

ところで、そもそも「対話」とはなんでしょう?

英語では対話のことを「dialogue」といい、おしゃべり(conversation)や、討論(debate)とは区別されます。おしゃべりは普段の気軽な会話のことであり、討論とは立場を二つにわけてお互いの意見をぶつけあい、勝ち負けを決めるゲームのことですが、対話は〈話す聴く〉という営みを、とてもていねいに積み重ねていきます。そして「合意よりも、問題の所在を探ること、問いが書き換えられていくプロセスそのものをシェアすること」(鷲田清一監修 カフェフィロ編『哲学カフェのつくりかた』大阪大学出版会)を大切にしています。